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歩行障害

別名 gait disturbance

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臨床医マニュアル

「臨床医マニュアル 第5版」は、医歯薬出版株式会社から許諾を受けて、書籍版より一部(各疾患「Clinical Chart」および「臨床検査に関する1項目」)を抜粋のうえ当社が転載しているものです。転載情報の著作権は,他に出典の明示があるものを除き,医歯薬出版株式会社に帰属します。

「臨床医マニュアル 第5版」 編集:臨床医マニュアル編集委員会
Copyright:(c) Ishiyaku Publishers, Inc., 2016.


詳細な情報は「臨床医マニュアル第5版」でご確認ください。 (リンク先:http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=731690

Clinical Chart

  1. 患者が診察室に入室し,椅子に座るまでの歩容を観察する.この時の歩行は普段の自然な歩行であることが多い.
  2. 歩行で観察する点は,歩幅(step length,一歩の長さ:一側の踵が接地し,次いで反対側の踵が接地した際の互いの踵間の矢状面での距離),歩隔(base または stance,両足の踝間の前額面での長さ),歩調(cadence,1 分間の歩数),姿勢(頭部・四肢・体幹・骨盤の角度と動き,股関節,膝関節の可動範囲),腕の振り,足の背屈の程度,足底の接地部位,両股の外旋の程度,視線の向きなどである.歩行を観察する際は常に患者の転倒に備えておく.
  3. 歩行異常は神経・筋疾患以外に関節・骨格系の病変に起因する場合があり,全身の観察が必要である.特に,高齢者は椎骨の圧迫骨折や股関節・膝関節病変の合併に留意する.
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特徴・原因疾患

 主な歩行障害の特徴と原因疾患を以下に示す(表1).

①小脳性歩行(cerebellar gait)
 主な特徴は歩隔が広く(broad-based gait),歩幅が不規則,体幹が側方へ動揺する不安定な歩容を示す.上肢は体幹のバランスを取るように横に大きく広げ,不規則に動かそうとする.体幹の動揺は急に椅子から立ち上がる時や方向転換するときに顕著になる.踵とつま先を交互に接触させて直線上を歩行させると(継ぎ足歩行,tandem gait),1~2 歩で体幹が傾斜し,転倒する.この検査は軽い小脳性体幹失調の検出に有用である.両足をそろえて起立し,閉眼すると軽度の動揺がみられるが,倒れるには至らない.②の感覚失調性歩行を示す患者では閉眼により体幹の著明な動揺を生じる.
 原因疾患は脊髄小脳変性症,小脳の血管障害(小脳出血,小脳梗塞など),小脳腫瘍(髄芽腫など),炎症性疾患(フィッシャー症候群,脳幹脳炎など),多発性硬化症,中毒性疾患(フェニトイン中毒,エタノール中毒など),代謝性・栄養性疾患(ウェルニッケ脳症,甲状腺機能低下症など)などがある.

②感覚失調性歩行(gait of sensory ataxia)
 運動覚,関節の位置覚などの深部知覚障害により生じる.末梢神経の求心路,後根,後根神経節,後索,内側毛帯,頭頂葉の病変で起こる.体幹のバランスを保とうとするために,歩隔を広くとり,視線は床と下肢に向けている.歩幅は短い.一歩毎に膝を高く上げ,足を床に投げ下ろすようにする.このため,足が床を踏み鳴らす.感覚性失調があると,体幹の不安定性を視覚により補正しているため,閉眼での立位は著明な体幹の動揺を生じる(ロンベルグ徴候).このため,閉眼での歩行や暗所での歩行は不安定になる.本症の歩行では足底全体が床に接地するため,靴底の減り具合は均等になることが多いとされる.
 原因疾患は脊髄癆,フリードライヒ運動失調症,多発性硬化症,変形性脊椎症,脊髄腫瘍,多発ニューロパチーなどがある.

③鶏歩(steppage gait)
 前頸骨筋と腓骨筋の筋力低下のために,足関節の背屈が不十分で,つま先が上がらない(下垂足,footdrop).つま先を引きずり,ぱたんぱたんと歩く.股関節は強く屈曲し,膝を高く挙上する姿勢になる.歩幅と歩隔は正常のことが多い.
 原因疾患は総腓骨神経麻痺,多発ニューロパチー〔シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth 病),慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチーなど〕,L4-5 神経根障害,筋萎縮性側索硬化症,遠位型ミオパチー,ポリオなどがある.

④動揺性歩行(waddling gait)
 臀筋(特に中臀筋)の筋力低下のために,荷重側の臀部が不安定になり,外側へ突出,非荷重側の骨盤が下がる.この動作が交互に生じるために,体幹を左右に揺する歩行になる.腰椎前弯と腹部を前方へ突き出した姿勢を伴うことが多い.歩隔は一般にやや広いが,歩幅は正常範囲内である.
 動揺性歩行は近位筋の脱力を生じる疾患にみられ,筋ジストロフィー(デュシェンヌ型筋ジストロフィー症など),多発筋炎,各種ミオパチーなどがある.

⑤痙性歩行(spastic gait)
 痙縮のため,股関節,膝関節,足関節の屈曲が制限される.このため,下肢は外側から前方へぶん回すように円を描く(circumduction)歩行になる.一般に,歩幅は短く,歩隔は狭い.靴のつま先部の内側,靴底の外縁がすり減りやすい.両側の痙性歩行では大腿部が内転するとともに,下肢が伸展位になり,下肢が交叉するような歩行になることがある(痙性はさみ足歩行).
 片側の痙性歩行の原因は脳卒中後の片麻痺などの一側の皮質脊髄路の障害である.両側の痙性歩行は両側皮質脊髄路病変(脊髄腫瘍,多発性硬化症,亜急性連合性脊髄変性症,変形性頸椎症,傍矢状髄膜腫,両側硬膜下血腫など)で認められる.痙性はさみ足歩行は,家族性痙性対麻痺脳性麻痺などに見られる.
 両側皮質脊髄路病変に後索病変が加わると感覚失調性歩行の要素も認めることがある.

⑥不随意運動(ジストニア,舞踏病,ジスキネジア)を伴う歩行(choreoathetotic gait, dystonic gait)
 ジストニアは筋緊張の異常のため,捻転性または反復性の異常な姿勢や緩徐な不随意運動を生じる.捻転ジストニア(DYT1)では四肢,体幹は過度に屈曲,側彎,前彎した捻転姿勢になる.ハンチントン舞踏病では顔面,舌など口周囲,四肢,頸部から体幹に不規則な不随意運動を生じ,ダンスをするような動きになる.発作性運動誘発性舞踏アテトーシス(paroxysmal kinesigenic choreoathetosis, DYT10)は優性遺伝の遺伝性疾患である.動作の開始時に舞踏病,アテトーゼ様の不随意運動が始まり,数十秒~2 分間持続して消失する.不随意運動は頭部,体幹の捻転様姿勢,四肢の舞踏病,アテトーゼ様の不随意運動,顔面のしかめ面などを呈する.ジスキネジアやジストニアは抗精神病薬(ドパミン受容体拮抗薬)を服用中または中断後に認めることがある(遅発性ジスキネジア・遅発性ジストニア,tardive dyskinesia/tardive dystonia).本症は高齢者で生じやすい.

⑦パーキンソン歩行(parkinsonian gait)
 パーキンソン病患者の歩行時の姿勢は,膝関節は軽度屈曲し,頭部,体幹は前傾,肘関節はやや屈曲位,前腕は回内して体側のやや前方にある.腕の振りは病側で減少または消失している.歩幅は短く,つま先から床をこするように歩く.歩隔は正常範囲であるが,進行期のパーキンソン病では歩隔は広くなる.歩行を開始後,徐々に歩幅が小さく,歩調が早くなることがある(加速歩行,festination gait).加速歩行から転倒に至ることもある.安静時振戦を伴う患者では歩行時に振戦の振幅が増強する.
 前傾姿勢が高度で,胸腰椎の角度が45° 以上まで前屈する腰曲り(camptocormia)を歩行時や座位で認める例がある.この腰曲りは臥位で進展することが特徴である.傍脊柱筋のミオパチー,ジストニアなどが原因として推測されているが,詳細は不明である.

⑧小刻み歩行(Marche á petits pas)
 歩幅が小さく,歩隔が広く,足底を床面にするように歩く.加速歩行は示さず,筋強剛,振戦などのパーキンソン病で見られる徴候は認めない.原因疾患には正常圧水頭症,ビンスワンガー病などの血管性パーキンソニズム,両側前頭葉腫瘍などがある.

⑨すくみ足(frozen gait)
 歩行開始の第一歩を踏み出すことができない(start hesitation).また,歩行中に何らかの刺激がきっかけで歩幅が小さく小刻みになり,ついには足を前方へ踏み出せなくなる.歩行開始時以外では,方向転換時,狭いところを通り抜けようとする際,前方にある障害物に気づいた時などに生じやすい.すくみ足の患者の足元に障害物があるとそれを容易に踏み越えることがある(kiné sie paradoxale, paradoxical gait).原因疾患としては,パーキンソン病,進行性核上性麻痺,レボドパ長期使用の副作用,血管性パーキンソニズム歩行失行などがある.

⑩歩行失行(apraxia of gait, apractic gait)
 前頭葉障害の際に認める歩行障害である.歩調はゆっくりで歩隔は広く,歩幅は非常に小さい.一歩を踏み出そうとすると,足趾が屈曲し,床に吸いつくような状態となり前方へ出ない.小脳性失調,感覚性失調,協調運動障害,筋力低下,痙縮などの歩行障害の原因となる異常は認めない.lower half parkinsonismと呼ばれることもある.強制把握,Gegenhaltenなどの前頭葉徴候を認めることが多い.一般に,他の失行は認めない.また,仰臥位や座位の姿勢では下肢の複雑な動作ができることが多い.正常圧水頭症,両側前頭葉腫瘍,多発性脳梗塞などで認めることがある.

⑪心因性歩行(hysterical gait, psychogenic gait)
 神経系や筋・骨格系に器質的異常がなく,心因的な原因で歩行障害がみられることがある.単麻痺,片麻痺,対麻痺などの型がある.片麻痺様であっても,circumduction や痙縮,腱反射亢進,バビンスキー徴候は認めないなど,神経学的に理屈に合わない症候を示す.また,歩行は不安定であるが転倒時には自分で手などを使って体を支えることができる.歩行時の身振りは大げさな印象を与える.この他,歩行障害や動作の異常の程度が一定しないことも特徴である.

⑫関節・骨格の異常による歩行
 脊椎,下肢の骨格の異常により歩行障害を生じる.歩行障害の診察時には,神経系の異常を観察するとともに,全身の筋,関節,脊椎の外観,圧痛,関節可動域などを調べる.特に高齢者の歩行障害の評価に際しては,椎骨の異常,下半身の関節障害の除外に留意する.
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表1 主な歩行障害の特徴と原因疾患
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