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乳癌

別名 breast cancer

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臨床医マニュアル

「臨床医マニュアル 第5版」は、医歯薬出版株式会社から許諾を受けて、書籍版より一部(各疾患「Clinical Chart」および「臨床検査に関する1項目」)を抜粋のうえ当社が転載しているものです。転載情報の著作権は,他に出典の明示があるものを除き,医歯薬出版株式会社に帰属します。

「臨床医マニュアル 第5版」 編集:臨床医マニュアル編集委員会
Copyright:(c) Ishiyaku Publishers, Inc., 2016.


詳細な情報は「臨床医マニュアル第5版」でご確認ください。 (リンク先:http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=731690

Clinical Chart

  1. 乳癌は日本人女性の12 人にひとりが罹患する悪性腫瘍で,罹患者数は年間約7 万人にのぼり年々増加の一途にある.年間死亡者数は13,000 人を超えた.30~70 歳代までは罹患臓器別でも最多である.
  2. 乳癌の治療には薬物療法による全身療法と,外科療法・放射線療法による局所療法の両輪がある.いずれも日本乳癌学会が示す乳癌診療ガイドラインやアメリカのNCCN ガイドラインなどを参照してエビデンスに基づく治療方針の決定が求められる.
  3. 一般臨床医に求められる役割は,専門医との橋渡しであり,それには拾い上げとフォローアップが含まれる.
  4. しこりを伴わない乳房痛,月経に伴う両側の乳房腫脹・疼痛,50 歳未満で複数の開口部からの血性でない少量の乳頭分泌については,まず一般臨床医で経過観察してよい.それ以外はすべて専門医にコンサルトすべきである.
  5. フォローアップについては専門医と情報交換しながら,乳癌治療の内容を理解し,治療内容に伴う有害事象に注意しつつ基礎疾患と併せて経過を観察する.
  6. 乳癌検診は,罹患率の高さからももっとも必要な検診であるが,基本となるマンモグラフィは,特に40 歳代女性では不利益が小さくないことが報告されており,乳房の状態や年齢による乳癌のリスクを考えたうえで,適切な検診を受けるよう勧める.
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診断上のチェックリスト

  1. ①問診
    1. ・ 症状についての問診内容:いつからあるのか? 月経周期と関連して変化はあるか?
    2. ・ ホルモン環境:月経(初潮年齢,閉経年齢,最終月経,月経周期)や妊娠・出産歴(初産年齢,授乳歴),不妊治療やホルモン補充療法の有無,について詳細に.
    3. ・ 悪性腫瘍の家族歴(続柄,罹患年齢.特に乳癌,卵巣癌,膵癌.乳癌であれば片側・両側か?).
  2. ②対応できる症状か?
       乳房の症状で受診の契機となるものは,しこり,痛み・違和感,乳頭分泌が主なものである.
      1. ・ しこり:月経前緊張症に伴う両側の乳房腫脹は次の月経開始を待って再度受診させる.それ以外のしこりについては超音波・マンモグラフィなどの画像診断が必要であり専門医へ紹介する.
      2. ・ 痛み・違和感:痛みが乳癌の発見契機になることは少なく,しこりを伴うものでなければ詳細な問診と診察で原因が推定できれば疼痛への対応,経過観察は可能である.
      3. ・ 乳頭分泌:50 歳未満の女性で,複数の開口部から血性を伴わない少量の乳頭分泌については,まず生理的なものと考えて,経過観察が可能である.それ以外の乳頭分泌は専門医に委ねる.
      4. ・ 皮膚の変化:発赤,陥凹,ひきつれなどが挙げられる.いずれも画像診断が不可欠であり,安易に感染などと判断せず,専門医へ紹介する.
    1. ③視触診
       まず坐位で患者に対面し,体表から観察する.さらに両上肢を挙上させ,陥凹やひきつれに注意して観察する(図1).
       腋窩リンパ節の触診を引き続き坐位のまま行う.観察する側の上肢を脱力させ,検者の手で挙上し,大胸筋外側縁から背側の脂肪織を,頭側から順に胸壁に押しつけるように腫大したリンパ節がないかを探る(図2).
       つぎに仰臥位とし,両腕を頭の後ろで組ませ大胸筋と胸壁の皮膚ができるだけ弛緩した体勢をとらせる.ビーチでのんびり横になる姿勢をイメージするとよい.下垂乳房の場合,観察する側の背部にバスタオルなどをおくのもよい.検者の示・中・環指の3 本をそろえ,乳腺組織が確認しやすい乳房上外側から触診を始める.あてがった手指全体で小さく“ の” の字を書くように乳房を圧迫しながら移動しつつ全体を検索する.乳腺組織はあたかも柔らかい餅の中の“ あんこ”のように,腫瘤はその中の“ 豆” や“ 栗のかけら” のように触知されることが多い(図3).
       腫瘤が確認されれば両示指や中指を用いて腫瘤の大きさ(ノギスで計測も行う),えくぼ徴候(腫瘤周囲の皮膚を寄せると腫瘤直上の皮膚が陥凹する現象.クーパー靱帯への浸潤を示唆する)の有無,胸筋への固着状況などを確認する.
    2. ④かかりつけ医としての役割分担
      1. ①乳癌再発について
         基本的にフォローアップ期間は10 年間である.術後長期間経っても再発が起きるのも乳癌の特徴のひとつであり,臨床医による再発徴候の教育,自己検診の勧めが重要である.
      2. ・ 乳癌の対側乳房への再発:専門医の下でマンモグラフィ,超音波にてチェックする.
      3. ・ 乳癌の局所再発:手術側乳房に皮膚病変や皮下結節がないか観察する.腋窩リンパ節,鎖骨上窩リンパ節の触診を行う.
      4. ・ 乳癌の転移は骨>肺>肝>脳(頻度順)が主なものである.以下の症候に注意する.
      5.  骨転移:発症機序の明らかでない痛み(背部・肩・腰・胸郭など)
      6.  肺転移:咳嗽,動悸・息切れ,呼吸困難感
      7.  脳転移:頭痛やめまい,吐き気などに加え,転移した脳の部位により言語障害や麻痺など
      8.  肝転移:症状がないことが多い.
      9. ②乳癌治療の有害事象について
         治療内容によって発生する有害事象について周知しておくことが必要である.
      10. ・ 血液検査:フォローアップ時に注目したい検査項目は以下のものが挙げられる.
      11.  薬剤性肝障害や脂肪肝など→肝機能検査値,化学療法前にはHBc 抗体までチェック.
      12.  脂質代謝異常→コレステロール,中性脂肪
      13.  骨転移→カルシウム,骨型ALP,Ⅰ型コラーゲンC末端テロペプチド
      14.  抗癌剤(特に経口FU 剤)などによる骨髄抑制→全血球計算
      15.  アンスラサイクリン系抗癌剤やトラスツズマブによるうっ血性心不全→BNP
      16.  放射線治療後の放射線性肺臓炎→KL-6,SP-D
      17. ・ 手や足の異常:末梢神経障害(タキサン系抗癌剤),手足症候群(ゼローダ®)
      18. ・ 骨密度測定:アロマターゼ阻害剤,LH-RH アゴニストによる骨粗鬆症に対して.
      19. ・ 婦人科検診:乳癌術後,内分泌療法として抗エストロゲン剤を服用している場合,子宮内膜癌発生リスクが上昇することが知られているが定期的な生検の有効性は明らかではない.一方,不正性器出血に関しての注意が必要である.
      20. ・ リンパ浮腫(患側上肢のケア):腋窩リンパ節郭清後には10 年間で70%の確率で発生するといわれており,患者教育が第一であるが,増悪があれば速やかな対診が必要である.
    3. ⑤乳癌検診について
         ・ いわゆる「市民検診」(市区町村が行う対策型検診)のみでよいか?
        これまでのエビデンスから対策型検診は「無症状の40 歳以上の女性に対して,マンモグラフィ±視触診を2 年に1 回」が基本となる.一方,日本人女性では比較的乳腺組織が厚く,マンモグラフィのみでは腫瘤を見出せないことも多い.
        ・超音波での検診も検討すること.
        そのためまずマンモグラフィもしくは超音波で自分の乳腺の状態を知り,乳腺の密度が高くマンモグラフィで腫瘤を拾い上げるのが困難な場合には,任意で,すなわち自分から乳腺超音波を受けられる施設を受診して,超音波による検診も組み合わせていく必要がある.マンモグラフィでは全体像,石灰化病変をターゲットとして,超音波で小腫瘤を含めた拾い上げ
        をターゲットとして,それぞれの利点を活かし欠点を補い合って検診に活かす.
        ・受診のタイミング
        閉経前であれば,乳房の腫脹がおさまる時期,すなわち月経開始後1 週間をめどにタイミングよく受診することを勧める.
    ⑥一般臨床医が対応可能な症状について
    1. ① 乳房痛:乳腺由来の真の乳房痛か,胸壁とくに肋間筋や肋間神経由来の疼痛かを見極めることが肝要である.胸壁由来のものの多くは,患者を側臥位にして乳腺組織を内側によけた体勢で圧痛点が見出せる.真の乳房痛の場合は乳腺内に異常がないことを精査したうえで,疼痛のコントロールの必要があれば,以下の治療を検討する.
      • a:心理療法:受診し説明を聞くことで70%の乳房痛が軽減したという報告もあり,安心・保証を与えることが重要とされている.また不安・ストレスが痛みの閾値を下げるとも言われていることからも重要である.長期化する場合にはいわゆるカウンセリングや精神科受診をうけるよう勧める.
      • b:非ステロイド性消炎鎮痛剤
      • c:漢方薬:一般的によく用いる漢方薬は3 種類.証によって,虚証(冷え症でむくみやすいタイプ)→当帰芍薬散,中間証(イライラや不安のあるタイプ)→加味逍遥散,実証(のぼせ,ほてりのあるタイプ)→桂枝茯苓丸というように使い分ける.それぞれ分3 間で投与する.
      • d:抗うつ剤:パロキセチンなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)はホットフラッシュなどの更年期症状に対して用いられることがあるが,乳房痛にも有効とされている.
      • e:ホルモン剤:ダナゾールは乳腺症に適応があるが,血栓症,男性化症状,肝機能障害などの合併症に注意を要する.また本邦では適用外であるがイギリスではタモキシフェンを使用している.
      • f:食事・嗜好品:低脂肪食やカフェインの制限が有効との報告もある.
    2. ② 乳頭・乳輪部の湿疹様変化:アトピー体質の有無,下着や授乳の状況を確認したうえで,経過観察してもよい.ただし50 歳以上ではPaget 病が隠れていることもあり,改善がなければ速やかに専門医に委ねる.
       乳頭は軟膏塗布後ラップで被覆する.

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図1 視触診①
図2 視触診②
図3 視触診③
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