うつ状態・うつ病
depression
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「臨床医マニュアル 第5版」 編集:臨床医マニュアル編集委員会
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Clinical Chart
- 典型的なうつ状態とは,①抑うつ気分や焦燥感,②思考・運動抑制や気力の低下,③身体的不調(感)の 3 症状がそろった状態である.
- うつ病の有病率は高く,WHO の国際共同研究(日本も含む 14 カ国)では,一般診療科を受診した外来患者の 10.5%がうつ病に罹患していた.DSM-Ⅳを用いた世界的な生涯有病率は,女性で 10~25%,男性で 5~12%であった.
- プライマリケアの場面では,DSM-Ⅳの診断基準に準じて作成された二質問法が,感度も非常に高く,うつ病のスクリーニングに有用である.
- 身体疾患が隠れていることや,薬剤性のうつ状態もあるので,それらを見逃さないことが大切である.
- 一般臨床医の守備範囲か,精神科専門医への紹介が必要になっているか,常に重症度や自殺の危険性などを評価しながら,治療にあたることが必要である.
- 薬物療法とともに経過に則した心理教育(表 7,笠原 嘉:治療「一般的事項」感情障害-基礎と臨床(笠原・他編),普及版.p.346,朝倉書店,2006 参照)が必須であり,本人自身の理解のみならず家族・職場など周囲の理解とサポートなしには,いったん寛解しても,円滑な社会復帰や再発予防が難しいことを銘記すべきである.
- 薬物療法を行う場合は,少量から開始し,効果をみながら漸増して,十分な維持量まで使用することを心がける.
- 回復し始めた時期が最も自殺の危険性が高い(自殺を実行するエネルギーは出てきているが,悲観的思考は修正されていないため)ことを銘記して,本人・家族に対応する.
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表7 うつ病急性期の小精神療法
1 .「 うつ病(あるいは抑うつ状態)」という病気であって,決して「気のゆるみ」や「なまけ」ではないことを本人ならびに関係者に告げる
2 . できるだけ早い時期に心理的休息をとるように勧める.特に発病間もないとき,できるだけ早い時期に休息に入ることが有効だと告げる
3 . 薬物が治療上必要である理由を説明し,無断で服薬を中断しないように求める
4 . 次第に苦痛は減っていくが,寛解には短くても3 カ月,時には6 カ月以上かかることをあらかじめ告げる
5 . 治療中,症状に一進一退のあることを告げる.よって,治療途中で悪化するようなことがあっても悲観しないように,また急性期の終わりかけには理由のない短い気分変動のあることを告げておく
6 . 治療中自殺などの自己破壊的行動をしないことを誓約させる
7 . 人生にかかわる大決断(転職,離婚など)は治療終了まで延期することを勧める
8 .「 気晴らし」のために温泉や旅行やカラオケ,会食,友人との面会などを行うことは,急性期には逆効果であることを伝える
診断・分類
- ①うつ病のスクリーニングには,1994年にSpitzerらが考案し,2002 年に鈴木らが日本語化した二質問法が有用である.質問内容は,
- ①この1カ月間,気分が沈んだり,ゆううつな気持ちになったりすることがよくありましたか
- ②この1カ月間,どうしても物事に興味がわかない,あるいは心から楽しめない感じがよくありましたというもので,どちらか1つでも該当したら陽性と判断する.その感度は99.0%である.
- ①この1カ月間,気分が沈んだり,ゆううつな気持ちになったりすることがよくありましたか
- ②スクリーニングで陽性の場合は,表1 の症状と「APA(高橋三郎・他訳):DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル, 新訂版. pp.345-346, 医学書院, 2004」のDSM-Ⅳ-TR 診断基準とを参考にしながら,診断する.
- ③うつ状態の重症度の判定には,ICD-10 の基準が参考になる.ICD-10 をもとにして作成した重症度の判定基準は「WHO(融 道男監・訳):ICD-10精神および行動の障害, 臨床記述と診断ガイドライン, 新訂版. pp.129-133, 医学書院, 2005」のとおりである.
- ④自殺の危険性を判断することは,最も重要なことの1 つである.「こんなにつらければ死んだほうが楽だ,とか思うこともあるでしょうねえ」「生きていても仕方ないと思うことがありますか」などと話題にすることはとても治療的な行為である.
- ⑤うつ病の分類には諸説あるが,一般臨床で必要なのは,表4 に示したような器質性・症候性のうつ病や薬物性のうつ状態を見逃さないチェックである.
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表1 うつ状態の3主徴
① 気分障害
・ 抑うつ気分:憂うつで,うっとうしい.何をしても楽しくない.もの悲しいなど
・ 焦燥感:イライラしてしまう.落ち着きがないなど
② 思考・行動抑制
何をするのもおっくうである.他人と会うのがめんどうくさい.電話にも出たくない.物事のだんどりがつけられない.集中力の低下,注意力の低下など
③ 身体的不調(感)
・ 睡眠障害:典型的には入眠困難より,中途覚醒,早朝覚醒が多い.まれに逆に過眠になることがある
・ 食欲不振:味がしない,砂をかむような感じ
・ 易疲労性,全身倦怠感
・ 便秘になることが多いが,まれに下痢になることもある
・ 口渇,動悸,胸部症状(胸苦など),冷感,ほてり感,頭痛,頭重感,肩こり,背部痛,四肢の冷感やしびれ感などもみられることがある
以上のような3 症状が,典型例ではそろっているが,軽症例ではそろっていないことが多い.そのため,うつ状態の診断(特にその原因診断)は,ベテランの精神科医でもときどき間違うことがある.
なお,②や③の症状が前景に出ており,①の症状が強くないときには,しばしば重大な身体疾患が潜伏していて,「うつ状態」がその随伴症状にすぎないことがある.あくまでも身体疾患を否定したうえでないと,精神疾患によるうつ状態・うつ病とは診断できないことを銘記しておくべきである.
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表4 うつ病・うつ状態の分類
病型 発生病理 器質性 脳血管性認知症,Alzheimer 型認知症,頭部外傷,脳腫瘍,Parkinson 病,進行麻痺,脳卒中など 症候性 症候性甲状腺機能障害,脳下垂体機能不全,手術の回復期,重症感染症の回復期,潜在性の悪性腫瘍(特に膵癌),SLE,AIDS など 薬物性 免疫調整薬(インターフェロン),降圧薬(レセルピン,プロプラノロールなどのβ遮断薬),循環器用薬(プロカインアミド),抗潰瘍薬(H2遮断薬),ホルモン剤(副腎皮質ホルモン,経口避妊薬),抗癌剤(イホスファミド,ビンクリスチン),鎮痛薬(インドメタシン,アスピリン),メジャートランキライザー(ハロペリドールなど),アルコール 神経症性 性格的要因あるいは気分調整機構の生物学的不安定性 疲弊性 持続する感情的過労 反応性 独立した精神的外傷