弁膜症
valvular disease
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「臨床医マニュアル 第5版」は、医歯薬出版株式会社から許諾を受けて、書籍版より一部(各疾患「Clinical Chart」および「臨床検査に関する1項目」)を抜粋のうえ当社が転載しているものです。転載情報の著作権は,他に出典の明示があるものを除き,医歯薬出版株式会社に帰属します。
「臨床医マニュアル 第5版」 編集:臨床医マニュアル編集委員会
Copyright:(c) Ishiyaku Publishers, Inc., 2016.
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Clinical Chart
- 弁膜症の診断においては,まずていねいに身体所見をとることが重要である.
- その他,心電図,場合によって胸部 Xp などの比較的簡易な検査でさらなる情報を得たうえ,心エコー図を行い評価を進める.身体所見,心電図などで得られた情報と矛盾しないかを意識して重症度評価を行う.
- ガイドラインを参考にしたうえで適切なフォローアップ期間や手術時期を判断していく(弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)参照).
[各弁膜疾患のポイント]
●大動脈弁狭窄症(AS)
- 狭心痛,失神,心不全症状の出現.
- 駆出性収縮期雑音の聴取.
- 頸動脈で収縮期に shudder(鶏冠状の振動)を触知.
- 心電図で左室肥大所見.
- 弁口面積が1.0 cm2以下,弁口面積係数が0.6 cm2/m2以下や収縮期平均圧較差40 mmHg以上は高度.
- 症状を伴う重症の AS は手術を考慮.
●大動脈弁閉鎖不全症(AR)
- 高調性の拡張早期雑音の聴取.
- 頸動脈で 2 峰性脈の触知.
- 心電図で左室肥大所見.
- de Musset 徴候,Quincke 徴候などの有無.
- 身体所見や心エコー図での複数の指標で重症度判定.
- 収縮期末期径 55 mm 以上,または拡張期末期径 75 mm 以上,EF 50%以下の重症 AR は手術を考慮.
●僧帽弁狭窄症(MS)
- 拡張中期ランブルの聴取.
- Ⅰ音の亢進,僧帽弁開放音の聴取.
- 僧帽弁様顔貌.
- 弁口面積が 1.0 cm2以下は重症.
- 有症状者には手術を考慮.
●僧帽弁閉鎖不全症(MR)
- 汎収縮期雑音の聴取.
- Ⅲ音の聴取.
- heaved な心尖拍動を左下方に触知.
- 身体所見や心エコー図での複数の所見で重症度判定.
- 収縮末期径 40 mm 以上,EF 60%以下の重症 MR は手術を考慮.
●三尖弁逆流症(TR)
- 楽音様性格(musical murmur)の全収縮期雑音.
- 吸気時に雑音音量が増強,呼気時に減少(Rivero-Carvallo 徴候).
- 左心不全に合併しやすい(機能的三尖弁逆流).
診断
2.大動脈弁狭窄症(AS)
[診断]
[診断]
[診断]
[診断]
[診断]
[診断]
- ①症状
- 狭心痛,失神,心不全が高度例でみられる代表的な症状であるが,狭窄は徐々に進行していくため,左室心筋を肥大させて代償する.そして左室肥大による酸素需要量増大と心拍出量低下の結果上記症状が生じる.
- ②視診・触診・聴診
- ①頸動脈でshudderを認める.必ずしも重症度を反映しない.
- ②高度例ではheaved(擡起性)な心尖拍動を触知する.左室肥大を反映する.
- ③駆出性収縮期雑音を聴取する高音・低音の混在した粗な性質.ダイアモンド型雑音.大きさは必ずしも重症度を反映しないが,高度例では雑音ピークが収縮後期となる.また雑音は鎖骨や頸部周囲にも伝達する.
- ④心房音S4 を聴取する場合左室のコンプライアンスの低下による左室への流入障害を左房収縮により維持している状態で本心音の出現を認めれば,比較的年齢が若い場合は中等度以上の狭窄の存在が示唆される.
- ③心電図
- 圧負荷型の左室肥大所見.胸部誘導で高電位.ストレインタイプのST 低下.また,V1,2でr 波の減高,V5,6でQ 波の減高の所見もみられる.
- ④胸部Xp
- poststenotic dilatation(狭窄後拡張)による上行大動脈拡張像(右Ⅰ弓の突出)を呈する場合がある.求心性肥大のため左Ⅳ弓の拡大は末期まではっきりしない.
- ⑤心エコー図
- ①重症度評価(表2):手術適応決定の重要な指標である.正常弁口面積2.5~4 cm2.
- a:体格の小さな患者では0.75 cm2以下を重症とする報告もある.
- b:左室収縮能低下例では圧較差を過小評価しうる.また左室収縮能が維持されている場合でも圧較差が低くでる場合がある(paradoxical severe AS).
- c:弁口面積はトレースで行う方法と,連続の式を使って算出する方法がある.
- ②左室肥大の程度(心室中隔,後壁)を測定する.
- ③左室収縮能(EF)・拡張能(左室流入血流パターン)の評価を行う.
- ④弁尖数,性状などを観察する.特に二尖弁は100人に1人は存在するといわれ,rapheの有無を観察する.
- ①重症度評価(表2):手術適応決定の重要な指標である.正常弁口面積2.5~4 cm2.
[診断]
- ①視診・触診
- ①heaved な心尖拍動を左下方に触知する.また,重症例では2 峰性に触れる.
- ②頸動脈は2 峰性に強く触れる.
- ③脈圧の増大を認める.
- ④water-hammer pulse:末梢において,突然に強く触れかつ速やかに消失する脈
- ⑤de Musset 徴候:頭部の心拍に一致した揺れ
- ⑥Quincke 徴候:爪床圧迫時の毛細血管の拍動
- ②聴診
- ①拡張早期雑音(Ⅱ音直後より始まる漸減性の高調性雑音,吹鳴性,灌水様):通常胸骨左縁第3~4肋間を最強点とする.減衰時間が短いほうが重症
- ②駆出性収縮期雑音(相対的大動脈弁狭窄)
- ③この2 つを合わせ,to-and-fro murmur(往復雑音)とよばれる.
- ④心尖部拡張期ランブル(Austin-Flint 雑音):逆流血流で僧帽弁前尖が圧迫されたために発生する相対的僧帽弁狭窄音といわれている.
- ⑤ピストル射撃音:大腿動脈で心拍に一致して聴かれる.
- ③心電図
- 容量負荷型の左室肥大所見.V5,6にて高電位(RV5<RV6),tall(増高)-T(左室の過剰運動を反映).
- ④胸部Xp
- aortic configuration:左室の長軸方向への拡大.左Ⅳ弓の拡大・心尖部下降.
- ⑤心エコー図
- ①重症度評価:手術適応決定の重要な指標.可能な限り定量化を行う.連続の式,逆流量・逆流率,逆流シグナルの太さ,連続波ドプラ法による減衰時間,腹部大動脈血流など
- ②左室の内径の計測(収縮期,拡張期)
- ③弁尖数,上行大動脈の評価
- ④左室収縮能(EF),拡張能(左室流入血液パターン,LV inflow pattern)の評価
[診断]
- ①視診・触診
- ①僧帽弁様顔貌:顔面頬部が出っ張り,暗赤色を呈する顔貌.心拍出量が少なく肺高血圧が重度なときに起こり,皮膚の血管拡張および慢性低酸素血症が原因と考えられている.
- ②Ⅰ音の触知・拡張期振戦の触知を認める場合がある.
- ②聴診
- ①Ⅰ音の増強
- ②僧帽弁開放音(OS):最強部は3~4LSB で,爪同士を引っかくような比較的高調な音
- ③心尖部拡張中期ランブル:ベル型聴診器を使い聴取される低調な雑音
- ④心尖部前収縮期雑音:洞調律例では,心房収縮による左房から左室への流入音
- ⑤上記の①~④がすべて揃った場合,fout-ta-ta-rou というMS メロディーを呈する.
- ①Ⅰ音の増強
- ③心電図
- ①左房負荷所見:Ⅱ誘導で幅広い2 峰性P 波,V1で2 相性の陰性部分の大きいP 波
- ②心房細動(Af)化:左房への圧負荷のため容易にAf化しやすい.肺高血圧を伴うにつれて右軸偏位を呈するようになる.
- ④胸部Xp
- ①左房拡大に伴い左Ⅲ弓が突出
- ②二重陰影(double counter):右Ⅱ弓と左房右縁が二重陰影を呈する.
- ⑤心エコー図
- ①重症度評価(表3):手術適応決定の重要な指標である.
弁口面積の計測はトレースで行う方法と,連続の式などを使って算出する方法がある. - ②左房の拡大の程度,左房内の血栓の有無の観察
- ③僧帽弁の病的変化の程度と広がりの観察(弁尖の可動性,肥厚,石灰化および弁下部病変).治療法の選択に関連
- ④右心負荷の有無
- ⑤僧帽弁逆流の有無
- ①重症度評価(表3):手術適応決定の重要な指標である.
- ⑥経食道心エコー検査の適応(クラスⅠ)
- ①経皮的経静脈的僧帽弁交連切開術(percutaneous transvenous mitral commissurotomy:PTMC)の術前の心房内血栓の検索や僧帽弁逆流の重症度判定
- ②心房細動に対する除細動が必要であり,かつ抗凝固療法が十分でない患者に対する心房内血栓検索
- ⑦弁病変の形態からみたPTMC の適応Wilkins のエコースコア(表4)
[診断]
- ①視診・触診
- ①心尖拍動が左下方に偏位.heaved な心尖拍動を触知
- ②左房拍動性の傍胸骨拍動を触知
- ②聴診
- ①汎収縮期雑音
- a:リウマチ性ではプラトー(同音量)になることが多く,しばしば僧帽弁開放音や拡張中期ランブルを伴う.最強点は心尖拍動よりやや外側であることが多い.
- b:非リウマチ性のうち逸脱による逆流では,収縮期後期に増強する雑音やダイアモンド型の収縮期雑音,収縮期クリック+収縮後期雑音,などを呈しうる.逆流の方向により,雑音の最大聴取部位が異なる.
- ②Ⅲ音:低音でベル型で聴取する.軽症以外の多くの例で聴取する.
- ③心尖部拡張中期ランブル(Carey-Coombs 雑音):中等症以上になると増大した左室急速流入のため,相対的な僧帽弁狭窄をきたしⅢ音に引き続きランブルを聴取する.
- ①汎収縮期雑音
- ③心電図
- 特徴的所見に乏しい.逆流は抵抗のない左房へ向かうので左室肥大所見は呈しにくい.Afは中等度以上の症例で合併しうる.
- ④胸部Xp
- 左房,左室の同時拡大像を示す(MS との違い).
- ⑤心エコー
- ①重症度評価:手術適応決定の重要な指標.可能なかぎり定量化を行う.
吸い込み血流の面積(有効弁口面積),連続の式,逆流量・逆流率,肺静脈血流パターン(収縮期波形S 波が逆行性)など. - ②左室内径の計測(収縮期・拡張期)
- ③僧帽弁逆流の原因の同定
- ④左房の拡大の有無
- ⑤左室収縮能(EF)の評価(通常は過収縮運動.左室は血管抵抗の少ない左房へ逆流させるため,EF が低下し始めることは重症度が上がりつつある重要なサイン)
- ⑥僧帽弁逸脱例では,カラードプラを手がかりに逸脱弁尖を同定し,また,腱索断裂の有無,僧帽弁形成術の可否を検討する.
- ①重症度評価:手術適応決定の重要な指標.可能なかぎり定量化を行う.
- ⑥経食道心エコー検査の適応(クラスⅠ)
- ①重症MR が疑われるにもかかわらず,経胸壁心エコー法で十分な情報の得られなかったMRの重症度評価.病因解析
- ②形成術の際の術式指示,成否判定のための術中エコー
[診断]
- ①視診・触診
- ①頸静脈の怒張
- ②傍胸骨挙上,肝腫大
- ②聴診
- ①4~5LSBより心尖部にかけての広い領域で,呼吸に変動する楽音様の全収縮期雑音(Rivero-Carvallo徴候)
- ②軽症例では雑音を欠いたり(無雑音性TR),非典型的な雑音を呈することが多い.
- ③心電図
- ①右室容量負荷のためIRBBB 型(不完全右脚ブロック)を呈しやすい.
- ②Af の合併が多い.
- ④胸部Xp
- 右第2 弓の突出,右室拡大による左第4 弓の突出.
- ⑤心エコー
- ①右室・右房の拡大
- ②右室圧負荷時:収縮期に心室中隔が左室側に偏位
- ③右室容量負荷時:拡張期に心室中隔が左室に偏位
- ④逆流の程度:カラードプラにて逆流面積が軽症で4 cm2,高度で8 cm2以上
-
表2 AS の重症度評価
弁口面積
(cm2)連続波ドプラ法による最高血流速度
(m/秒)簡易ベルヌイ式による収縮期平均圧較差
(mmHg)軽症 >1.5 <3.0 <25 中等症 1.5~1.0 3.0~4.0 25~40 高度 ≦1.0 ≧4.0 ≧40 -
表3 MS の重症度評価
弁口面積(cm2) 平均圧較差(mmHg) 軽症 1.5~2.0 <5 中等症 1.0~1.5 5~10 重症 <1.0 >10 -
表4 Wilkins のエコースコア
重症度 弁の可動性 弁下組織変化 弁の肥厚 石灰化 1 わずかな制限 わずかな肥厚 ほぼ正常(4~5 mm) わずかに輝度亢進 2 弁尖の可動性不良,弁中部,基部は正常 腱索の近位2/3まで肥厚 弁中央は正常,弁辺縁は肥厚(5~8 mm) 弁辺縁の輝度亢進 3 弁基部のみ可動性あり 腱索の遠位1/3以上まで肥厚 弁膜全体に肥厚(5~8 mm) 弁中央部まで輝度亢進 4 ほとんど可動性なし 全腱索に肥厚,短縮,乳頭筋まで及ぶ 弁全体に強い肥厚,短縮,乳頭筋まで及ぶ 弁膜の大部分で輝度亢進 上記4 項目について1~4 点に分類し合計点を算出する.合計8 点以下であればPTMC のよい適応である.